細くてカリカリとしたポテトが食べたくて、かなり久しぶりにロッテリアに行った。ゼッテリアに変わっていた。ゼッ、は絶品バーガーの、絶、だ。戻した方がいいと思う。
細くてカリカリとしたポテトが食べたくて、かなり久しぶりにロッテリアに行った。ゼッテリアに変わっていた。ゼッ、は絶品バーガーの、絶、だ。戻した方がいいと思う。
後輩が大量にプリントをスキャンしたいということだったが、あいにく研究室にスキャナーがなく、他所の研究室に借りに行くということで、着いていった。何十万もするスキャナーがあるが、もうここ数年使っていないということで機材に強そうなのは私しかおらず、セッティングすることに。お金があったよございますねえ、と内心呟きつつドライバなどのインストールと格闘する。
気がつけばひとがわらわらと集まっており飲み会が始まり、混ぜていただくことに。今日で研究室を去る先生のさよならパーティとのこと。飲み会と書いたが実際には一人しかお酒(缶ビール)を飲んでいなかった。隅っこでパソコンをいじりながら麦茶を頂く。大人数が、ほとんど素面で、ご飯を食べ、おしゃべりしている空間に居合わせることってあんまりないな。というか成人を迎えてからはほとんど初めてかもしれない。
久しぶりにsp404を触った。だいぶ操作を忘れている。またマニュアルをちびちびと読み込まんといけん。これだけで完結させてビートを作るべきか、DAWも連携させるか悩ましい。前者でいったん頑張ってみるのがいいんだろうとは思う。
Amazon PrimeでフジロックのJJJのステージの生中継を見た。本人のいないステージでバックDJのAru-2が(本来披露されるはずだった?)楽曲を流しつつ、コントラバス奏者の岩見継吾とストリングスに須原杏カルテットが曲によっては参加したりしなかったりという構成だった。
生演奏とDJの流すトラックが時に一緒に演奏されるということであって、特に配信だと、今聞こえているベースが、打ち込みの808なのかコントラバスなのかわからず、過去と現在が混ざっているとでもいうか、不思議な気持ちになる。それに、曲によっては、JJJのラップが、スタジオで録音されたものではなく、いつかどこかのライブで(ライブ盤の作成用に?)録音されていたものが使われていて、その臨場感の差異と、でもステージにはいないという事実が合わさってクラクラした。
小学生高学年から高校生のときまで、伊坂幸太郎の小説をよく読んでいた。ある小説のなかに、優しいという字は人の憂いがわかるという意味で、ようするに想像力なんだ、という台詞があって、当時の心の支えというか指針だった。どの小説だったかな、たしか『フィッシュストーリー』だった気がする、と調べてみるとそれは勘違いで『ラッシュライフ』だった。
押し入れの奥から探すと見つかって、電車のなかで読む。10年ぐらい前に読んでいたはずだったが、記憶にない描写ばかりで、ほんとは読んだことがなかったみたいだ。デジャヴの逆とでもいうべきか、たまにそんなことがある。
前の前のアパートの隣にクラフトビールの専門店があって、それはたしか私が住んでいる時にできたのだけれど、一度も行ったことがなかった。研究室にいた後輩たちがゼミ終わりにそこへ行くということで、この後暇ですか、と誘われお供することにした。スタウトを頼んだ。フジファブリックの若者のすべてが流れていて、ちょっと気が早いなと思うなど。