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2026年3月19日
お腹がよく空く日。大学からの帰り道、あんバターパンがどうしても食べたいけれど見当たらず、一時間ほど探して歩き回った。何とか見つかったけれどまあまあだった。自宅から徒歩一分のパン屋のあんバターパンが一番美味しい。最近はよく売り切れていて出会えないことが多い。いま、好きな食べ物は?と聞かれたらあんバターパンとケバブと答える。美味しいケバブが福岡にはない。秋葉原には沢山ある。
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2026年3月18日
私の発言が、伝言に伝言を重ねて変な感じに伝わってしまっているという事態に遭遇した。その途中にちょっとした悪意というか意地悪が挟まっているような気がする。「誰それのことについてその人のいないところで話すときは、それがいつかもしかしたら伝わってしまうと思った方がいいね」と、その事情を知っている後輩と帰りのバスで話した。
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2026年3月17日
けっこう寝たのだけれど疲れが取れない。何でだろうとここ数ヶ月を振り返る。少なくない人に「あなたはこういうところが駄目なんだよ」と直接的にも間接的にも言われることの多い月々で、心労だろうと思い至る。「ごもっともです」と思うことも「自分がすっきりするために言いたいだけなんだな」と思うことの半々ぐらいだっただろうか。両方だなと思うこともあった。それはそれとして、こういうことって同時期に重なって起こるもんですかね。なんかそういうフェロモンでも出てるのかしら。香水を変えたほうがいいのかもしれない。
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2026年3月16日
博多行きの新幹線に乗るまで少し時間があったので、天文館のTullysで買ったばかりの本を読んだ。中2階と2階席のある不思議な店舗で、中2階の席に座る。天井が低く屋根裏部屋のような趣があってよかった。さっき買った気になっていた写真家のエッセイをジュンク堂で読みながらホットドッグを食べる。正式にはボールパークドッグ。そう聞くともう少し大きいサイズを想像してしまって、わびしい気持ちになる。実際、MLBのボールパークのホットドッグがどれくらいのサイズかは知らないけれど。昨日、商店街を歩いていて見かけた不思議なスナックについて、奇遇にもエッセイの中で言及されていた。コスプレのみならず、ママが客に化粧をするらしい。この本を先に読んでいたら行ってただろうか。さっきまで同行していた後輩から「今度、アイラインを引かせてくださいね」と言われていたことを思い出した。
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2026年3月15日
同期の実家の2階で寝させてもらった。2階といっても吹き抜けで、1階のリビングとダイニングを覗くことができる。6時ごろ、ご両親がダイニングで話す声で目が覚めた。私がお土産に買ったコーヒーについての、別段ふつうの会話だったのだけれど、私は両親のこういう会話をもう10年は聞いていないし、この先もいつか聞くことがあるのだろうかと考えはじめ、二度寝しようと思うもしばらく寝付けなかった。
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2026年3月14日
一年ちょっとぶりに鹿児島。初日である今日は同期の実家のある指宿へ。先に同期は実家に帰っていて、後輩二人と新幹線で鹿児島中央駅、その先は電車で指宿駅まで向かう。鹿児島中央駅からの電車がまあ揺れて、同期にそのことを伝えたところまだまだ序の口らしい。高校への通学にその電車を使っていたとのことで、揺れる車内で数学の課題を写していたらしい。手塚治虫が締め切りに追われ電車内で原稿を書いていたというエピソードを思い出してググるもソースが見当たらなかった。
指宿駅で降りてからは同期の実家の車を借りてドライブ。開聞岳という900mちょっとの、二連続で門構えの登場する名前の山が、町のランドマークになっており、大抵の場所から見える。こういう目印のある土地は迷子にならなそうでいいなと思う。開聞岳の裾野のすぐ先が海で、他にもこういう山ってあるのかなと考えていて、ハワイか!と思い至る。しかし名前が出てこず、イロモネア?と口に出してしまい不審がられた。しかも思い描いていたのはダイアモンドヘッドであって、キラウエアではない。二重に間違っている。
同期の母から市営の流しそうめん施設のチケットを頂いたので昼食はそこへ行くことに。市営だと「屋」よりも「施設」がしっくりくるのはなぜなのか。同期に峡谷だから寒いかもと言われ、上着を羽織って車を降りる。長い竹を流れてくるちゃんとした流しそうめんって初めてだな、掴めるかな、とわくわくしていたのだけれど、くるくる回る流しそうめんだった。あの機械が各テーブルに設置されている。発明者が市の人だったらしい。水が綺麗な土地らしく、源泉かけ流し状態だった。後輩が「これって客ごとに水入れ替えているんですかね」と言ってヒヤッとするなど。すでに食事の終わった別のテーブルで、再雇用されたのだろうかという老齢のスタッフががしっかりと水を止めて入れ替えていた。テセウスの流しそうめんではなかった。
夕方、薩摩半島最南端の長崎鼻へ。文字通り雲一つない快晴で、夕暮れのグラデーションが、開聞岳の裾野から視界の端まで続く水平線の上に広がっていて、とても綺麗だった。夕日が水平線に沈んだあと、空気にカメラのソフトフィルターがかかったように見え、「誰そ彼」ってこういうことなんだと初めて実感した。

あまり暗くなりすぎないうちにと、指宿駅近くにある和食レストラン?へ。こういう居酒屋ともレストランとも言い難い塩梅の店ってたまに見かけて、なんと呼べばいいのかわからない。隣の席が元気なおばあさんたちの集いで、次々に知り合いの男性に電話をかけては「おめでとう!」と拍手をしていて怖かった。各々そばや天丼と、みんなで食べようと地鶏の炭火焼きを注文する。地鶏の炭火焼きを食べた後輩が「これが…」と口から針金のようなものを出した。炭火焼きのための網だろう。同期が「さすがにこれは言うか」とピンポンを押す。私はこういう事態が苦手である。苦手というか(大袈裟かもしれないが)トラウマがあるのだ。
もう少なくなったが家族でご飯を食べに行くことがあって、異物混入に遭遇するのはいつも父だった。そういう時父は、まずはなにも言わず異物を宙に掲げる。異変に気づいた店員に声をかけられて初めて「入ってたんですが」と言い、「すいません、作り直します」と店員に言われても「もう要りません」と頑なに食べない。その時の空気が幼いときからほんとに嫌で、同じような場面に遭遇すると固まってしまう。今回もそうだったのか?
ピンポンを押してすぐに留学生と思われる東南アジア系の店員がやってきて、事情を説明すると、すぐに上司に伝えにいった。上司を待つ間、同期やもう一人の後輩が「口のなかは大丈夫?」と心配の声をかける。ああ、心配しなければ、と思うも、もうちょうどいい言葉が見当たらない。「いやー、強く噛んでいなくてよかったね」とそれっぽい言葉を連ねて、取り繕うように言えば言うほど、父のせいではなく、あまつさえそう思おうとする、私自身の人間性の問題なんだろうと、自己嫌悪に陥っていた。ほどなくして上司がやってきて、「この度はすみませんでした、作り直します」と謝る。この人も心配しなかった、と思った。ただ、私にそれをその場で言う資格はなかった。
温泉に入って22時ごろ同期の実家へ。町の中心部からだいぶ離れていて明かりが少ない。車から降りて空を見上げると、オリオン座がどれかわからないほど、星がたくさん見えた。同期の家族が飼っている犬(チワプーだったと思う)が、家の中から私たちに気づいて吠える声が聞こえる。