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2025年1月28日
ゲストハウスに戻り寝る準備をしていると日付を超え、四方八方から花火の打ち上がる音が聞こえた。旧正月だ。ここ数日のそれよりも、打ち上げる軒数や一発一発の規模は大きく、時間も長かった。花火に囲まれることってまあないな、と思いながら寝る。
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2025年1月27日
県境の農場に話を聞きに行くことに。ちょっとダートな道だよと調査協力者のトムに言われて、マスクを一応着用する。今日もとりあえず行きは運転することに。大通りから舗装されていない道に入ると、ちょっとどころか岩がごつごつしているところが多々あり、ハンドルを持って行かれそうになった。一応、中型バイクの免許は持っていたが、そういやダート走行は試験になかった(大型はそれっぽいのがあった気がする)。しかも二人乗りの、単なるスクーターだ。ふだんから大型を運転しているらしいトムに代わってもらう。
いつ転んでも大丈夫なようにバランスを取るもあまりの揺れに足が痛くなってくる。脱力の案配が難しい。向かいから大きなトラックがやってくると砂埃が舞い上がる。数十分するとトムがいったんスクーターを停めて道を確認する。私のスマホは圏外だった。まだ全体の15%ぐらいだけど行くのやめる?と聞かれた。半分ぐらい来たと思っていたので、fifty?と聞き直すも、fif”teen”と強調された。トムは帰りたそうに見えた。そりゃそうだ。でも、どうしても掴みたい情報があったので、行くよと、と告げた。
それから数分すると小さな村のエリアに入って、ほんの少しだけ道が落ち着いた。いま思えばきわどい判断だったと思う。悪い道の状態が続いていたら復路は日が暮れていてかなり危険だった。道の両側は各世帯のコーヒーの木が並ぶ農場がずっと続いていて、その葉がどれも茶色く、病気が流行ったのかなと最初は思っていたが、砂だった。光合成できるのかしら、と思いつつガタガタ揺れていた。無事、農場について話を聞く。
午後の調査もそのエリアで行いたかったのだが、昼ご飯時で人が見当たらず、とはいってもレストランや食堂など当然なく小さな商店でAJINOMOTOが作っているタイのカップ麺を買い、店の前に置かれたテーブルで食べた。電気ポットを貸してくれたが、すごい破損の仕方をしていてぬるかった。先にお湯を入れたトムがフォークで食べていて、それどこにあるのと聞くと、中に入っているよと教えてくれた。たしかに折りたたみ式のフォークがスープに浸かっていた。お湯を入れる前に教えてほしかった。途中、大型のトラックが通ると例によって砂が舞い上がる。氷を買いに来ていた子どもたちと一緒に急いで店内に避難する。
午後の調査も無事終わり、日が暮れる前に帰路につくことができた。帰り道は早く感じる、なんてことはない。綺麗な川があったのでスクーターを停めて少し休憩する。手を洗っていると、スクーターごと二人組が川に入ってきた。座席の下のボックスから荷物を出し、ばしゃばしゃと川の水でスクーターを洗い始める。毎日、街の方に戻る前にこうやっているのかなと思った。調査を始めて一週間ちょっとが過ぎたが、いちばんハードな日だった。ずっと運転してくれたトムに感謝である。今日、この経験ができてほんとうによかったと思う。昨日まで私が調査していたのはある意味で都市に近い農場だったのだ。そりゃそうだろといまは思う。一端であるとしても体感しなければわからないことはやはりあるのだ。これがわからずに帰っていたと思うとぞっとする。全身砂だらけでゲストハウスに戻って、Wi-Fiに接続しスマホを開くとメールやLINE、DMがこんな疲れた日に限って溜まっていた。ちゃんと返す気になるのは、一応生活のリズムが安定しているからだろう。

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2025年1月26日
基本的には調査協力者のトムがスクーターを運転してくれて、その後ろに乗って移動している。彼はたばこを買いに、私は水を買いに商店に寄った。会計が終わって、どんなお酒が売っているのかしらと私が店内を物色している間、彼は早速たばこを吸っていた。吸いながら風を浴びたいということで、ゲストハウスまでの帰路は私が運転した。日も暮れてきて、慣れない右車線に戸惑いながら運転していると、たまに前方を走る車が左車線を走ったり、真ん前からバイクが走ってきたり、要するにこちら側にもあちら側にも左車線で運転する荒くれ者がたまにいて、あれどっちだったっけと頭が混乱してあわあわした。なんとかゲストハウスに帰宅した。今日はまだ花火の音が聞こえない。


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2025年1月25日
昼食を食べた食堂でトイレを借りようと思い、どこですかと、暇そうにスマホをいじりながら店番をしている中学生ぐらいの子に聞くと、厨房を抜けた先の住まいのなかを案内された。泊まっているゲストハウスの受付は四畳ほどの小部屋で、キングサイズのベッドが置かれている。だいたいいつも子と一緒に誰かが寝そべっていて、客が来ると起き上がって相手をする。ゲストハウスの向かいの家がおそらく支配人の住まいで、これまた中学生ぐらいの子がシーツを干している姿が見えた。暮らすことと働くことがシームレスなんだなと気づいた。ふだんの私だって同じなのかもしれない。生活とそれ以外のことのぐちゃぐちゃした感じがここ数年の悩みで、これは何かヒントになるのかもと一瞬思うも、別にこの気づきでそれが解決するわけではないか、と思い直す。


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2025年1月24日
ゲストハウスの三階に昨日まで泊まっていて、ものすごい熱いお湯は出るのだけれどちょろちょろとしか出ず、下の階に変えてもらえばマシになるのではと思い、一階の部屋に移動させてもらった。ゲストハウスごとはもちろんだとして、部屋ごとに水圧と温度がどんなものかわからない。ガチャみたいだ。さて、とお湯のバルブをひねるまで、加温器のスイッチを押すと、やはりというか水圧はいい感じだが若干ぬるい気がする。ともあれ許容範囲だ。三階の部屋になかったドレッサーがあるのもありがたい。前の客が飲んだであろうビタミンゼリーのゴミがそのままだったけれど。


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2025年1月23日
さすがに疲れてきて宿に戻ってぐったりしていた。調査中のメモ用に、KOKUYOの野帳ノートを数冊持ってきていて、そのうちの一冊が早くも埋まった。単に文字がでかいためである。もう少し記録の取り方がうまくならないといけない。今週の残りはその試行錯誤に注力しよう。それは後々の可読性ということはもちろんあるのだけれど、インタビュイーや通訳の負担の軽減にもつながると思う。今日はありがたいことにかなり長い時間、話を聞くことが出来た。途中、あくびをさせてしまった、と思う瞬間が何度もあった。ここでやめるか、もう少し粘るか、という逡巡をできる限りなくしたい。英語力のなさだったり、体力のなさはまずそうだとして、タイピングばかりで字を書かなくなっていることがここに来て効いてきている気する。なんというか総合力だな。フィールドワークを行う研究者はクロッキーとかやったほうがいい。
