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2025年1月22日
午前中、昨日のデータについて調査協力者のトムと確認しようとカフェへ。この地域では伝統的な、日本人好みとのコーヒー(別の飲み物で例えるのもなんだがお茶のような味がして飲みやすくたしかに日本人は好きそうだと思った)を飲みながら話していると思いもよらず調査したかった性格を持つ人物が現れて急遽そのまま話を聞くことに。(ジメジメはしておらず過ごしやすいが)30度近いなか屋外で、太陽の光をよけるために椅子を何度も動かしたり、途中、孫をあやしたりとかなりの時間対応してくれて大変ありがたかった。てっきり昼食後に一度ゲストハウスに戻るものだと思っていたのでお土産を持参しておらず何も渡すものがなかった。常になにか持ち歩いていた方がいい。きっとまた行く機会があるのでそのときに渡そうと思う。もう一件調査を終えてゲストハウスに戻る。日が暮れてきてかなり冷え込む中、30分はスクーターの後ろに乗っていた。ウインドブレーカーを着てくるべきだった。いろんなものを忘れている。
一時間ほどゲストハウスで休んで(といってもずっとフィールドノートをまとめていたが)近くの食堂へ。スクーターから降りて息を吐くと白かった。寒暖差がすごい。店先に並べられたり吊るされている鍋や串、肉を塩漬けして葉で巻いたものなどからいくつか選んで注文するスタイル。すでに調理済みだからかレストランに比べると安い気がする。食堂に来る途中、市場ともいえない小さな林の前に大量に並べられたスイカを買った。デザートにと店員に包丁をもらって切って食べた。昨日に引き続きまた花火の音が聞こえる。道路を挟んで向かいの家の軒先から打ち上げられていた。旧正月が近いかららしい。いまいったい、どの季節にいるんだろう。


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2025年1月21日
しばらく滞在する宿に再び移動。部屋用のスリッパを持って来るのを忘れたので近くの商店で購入する。39というサイズがマックスで足に当ててみるとちょっと小さかったがまあ大丈夫だろう、これしかないしと買った。やはり小さかった。部屋で作業をしていると外から爆竹のような音が聞こえて半屋外の廊下に出ると、誰かが小さな花火をあげていた。
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2025年1月20日
今日は三件の調査に行った。ありがたいことに行く先々でコーヒー(時にエスプレッソ)と水を出してくれる。カフェインの摂り過ぎが心配だしトイレも近くなるが仕方がない。にもかかわらず途中寄ったカフェで糖分をと思ってカフェモカを頼んでしまった。合計4杯は飲んだ。阿呆である。この二週間で合計何杯のコーヒーを飲むことになるのだろうか。夕食の時にビールを盛大にこぼしてしまい、唯一のフォーマルなズボンが濡れてしまった。明日以降は、そこまでかしこまらなくてもよさそうなので大丈夫といえば大丈夫だ。ゲストハウスに戻ってからの時間が意外となく、簡単なフィールドノートをつけるだけで精一杯である。出国前に多少身を削ったが、諸々ひと段落つけてきてよかった。

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2025年1月19日

今日も移動日。調査協力者のトムと合流して、彼の家族と昼ごはんを食べる。タマリンドという大きな木の幹に沿って囲むように作られた、メコン川を一望できるレストランで、ティラピアを揚げたものを注文した。途中、道の駅みたいなところで買ったタマリンドを食べながら料理を待つ。タマリンドはカレーにも使われることがある豆で初めて実物を食べた。外観はピーナッツの粒数が増えて粒の大きさ自体も大きくなったような感じ。殻を外すと豆の周りをネチョネチョしたなにかが覆っていてそこを食べる。酸味があって、たしかにマンゴーチャツネのように使えるなと思った。タモリカレーに入れたら美味しそうである。とはいえ、これを普段から食べるかと言われると慣れるまでは難しい。




やはりというか国内移動はプロペラ機で若干不安になる。というのも、今週末から海外調査なんですという話をお世話になっている美容師にした時に、私も地元に帰る時はプロペラ機で揺れがすごくて毎回吐くんだけど吐きすぎて隣の人にバレずに吐けるようになったと聞いていたからだ。そのせいか揺れを意識してしまって若干気持ち悪くなった。隣席の通訳がスターアニス?からできたティーパックを添乗員に渡し持参した水筒にお茶を淹れてもらっていた。スペシャルなお茶だと彼は言うし、なんだかよい効能がありそうな気がして、それを少しもらうとリラックスできた。どっちにしたってプラシーボである。

無事到着して、トゥクトゥクで宿へ向かう。我々以外の観光客との乗り合わせで合計6人。ぎちぎちだった。人数が増えれば増えるほど安くなるのかなと思うも、1人頭いくらですという勘定でそんなもんだよなと思うなど。夕食に入ったレストランの料理が出てくるのが異様に遅くて、気がついたらこんな時間だ。流したトイレの水が止まらなくてドアを閉めてもその音がかすかに聞こえる。若干、トイレと床の隙間から水が漏れていた気がするが見てないことにした。とはいえこんなことで苛立っていても仕方がない。まあそんなものである。日本にいるときもこのマインドでいられたらいいのだけれど、そうもいかないのが難しい。何が違うんでしょうね。


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2025年1月18日
目覚ましを四つセットしていたのできちんと起きることが出来た。空港のATMでお金を下ろして、そのままUSドルと両替してもらう。渡した日本円を機械で数える前に手で数えていた。比較的時間に余裕があったのでコンビニでつぶあんパンを買って朝食にする。そろそろと思い保安検査場へ。毎度のことながら荷物が多いと毎回PCとタブレットを出すのが面倒くさい。なんとかならんもんかね。
定刻通りに飛行機が出発してまずトランジットのバンコク・スワンナプーム国際空港へ。あまり眠れていなかったので目をつむり寝そうだなというところで機内食。ココナッツの入ったやたら辛いチキンカレーとそうめんという謎の組み合わせだった。目が覚めてしまったのでどこかで読もうと思っていた調査に関連する文献を読む。かなり集中して読み終えることが出来たが早速背中が凝った気がする。こちらも定刻通り着陸。
次の搭乗口までの移動は空港内を走る電車だった。数年前に来たときは少なくとも1kmは空港内を歩いた気がするけれどなんだったのだろうか。最近出来たのかしら。出発まで数時間あるので何か飲もうと思うも、レッドブルが800円、エビアンが400円ぐらいしてさすがに飲めないとレモン風味の炭酸水を買った。ビエンチャン・ワットタイ空港行きの機内食は親子丼。oyakodon、と渡された。私が座っていた席は日本人が固まっていたように見えたが、日本人じゃない人にはなんと言って渡しているのかが気になった。
無事ビエンチャンに到着し、両替とSIMカードを購入。何か決まりができたのか、パスポートと私を一緒に写真を撮らなければならなくなったらしい。店員の持つパスポートのこちら側でにっこりと笑って写真を撮ってもらう。どこかに提出されるのだろうか。タクシーでホテルまで向かう途中、何か変わったかなと町並みを眺めていた。クラブっぽい建物や数階建ての商業ビルが増えていた。






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2025年1月17日
昼前に起きて質問票の修正、名刺の作成と入稿を大急ぎで済ませ(やっててよかったillustrator)、謝礼がわりに渡すお土産を買いにもち吉へ。毎回、何人に話を聞くことになるのかわからないため多めに買っている。いつもキャリーケースの半分はお土産で埋まってしまう。今回は1万円分ぐらいになった。大きな缶に入ったものではなく、個包装のものばかり買うので店員に不思議がられていたように思う。海外に農村調査に行くんです、、と言おうかと思ったが言えなかった。帰りに文房具をいくつかと海外用のドライヤー、なんとしても起きねばと大音量の目覚まし時計を買った。いつのまにか出費がかさんでしまう。出来上がった名刺(入稿から完成まで2時間もかからなかった、ありがたい)を取りに行って帰宅。書類を印刷しつつ荷詰めを進める。ベルトがないことに気づき家中をひっくり返す。なんとか見つかったかと思うと、次はボトルに詰め替えるボディソープが足りない。去年の旅行用に買っていたボディソープを見つけると4時半。R1ヨーグルトとヤクルト1000を飲んで寝る。
