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2026年2月17日
後輩たちの卒論発表会をみる。もう五年前、私が発表したときと同じ部屋だった。まだコロナで、だだっ広い部屋に指導教官が二人と同じ研究室の同期だけ、ほかの先生たちは自室からという謎ハイブリッド形式だった。だからか特に緊張することもなかったように記憶している。
去年までは発表会のあと、分野全体での飲み会があったのだけれど、今年からは発表者、つまり卒業生と教員たちのみの祝賀会へと変更になった。
卒業が延びた私に祝賀会に参加する資格はなかったので、気になっていた発表を見終えて、発表会を途中で抜け出した。そういえば私のときも(密なので当然)飲み会はなく、同期たちに(今日みたいに)ちゃんとしたお疲れさまもままならずに帰った。彼らとは特に仲が良くも(悪くも)なかったのでなんということもないのだけれど。今回はそれが寂しいと思えていて、それはその時に比べたらいいことなんだろう。
帰りのバスでタイヤの上の席に座ってしまって気分が悪くなりながら、ここ二、三か月のことを振り返っていた。初めて酒を飲みすぎて吐いて病院に運ばれたり、スマホを落としたり、最終バスを乗り過ごしたりした。厄年が遅れてきているのだろうか。いや、私のせいだな。今年に入って月に一度のペースで、信頼していた(別々の)人に(同じような文言で)突き放されるようなことを言われて、そのことについてずっと考えている。これも私のせいだな。同じようなことが続いているということは、私の症状のようななにかなんだと思う。これはこれで病み期だな。ずとまよに「病み病みだ」という歌詞がなかったかと思ってググったら「ヤンキーヤンキーだ」で「焼き焼きだ」だった。熱にうなされていて視界がぼやけていたんだろう。そりゃ伝染りたくなかろうよ。
Be Cool, Be Foolという言葉がふいに思い浮かんで、誰かが言ってやしないかとググったが、 特に見当たらなかった。Keep Calm Down and Carry Onという言葉を連想して(スマホを使いたての中学生のとき待ち受けにしていた気がする)ググってみると、第二次世界大戦時の英国のプロバガンダだった。お勉強しといてよ。
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2026年2月16日
昨日と同じぐらいか、それ以上に腹立たしいことがあった。あー、しんど。
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2026年2月15日
だっせーな、と思うことがあって、その場で「だせーよお前ら」と言えなかったことを悔いている。言わなかったのはまだその人たちが好きだったからで、でももうどうでもよくなった。
となりの研究室を窓から覗くと知っている顔を見かけたのでちょっとだけお邪魔した。「ちょうど先輩の話をしていて」と言われて「え」と聞くと「先輩って儚い人ですよね」とのことだった。どういうことなのかよくわからなかった。
人を憂うと書いて優しさなんだということと想像力について、いつか日記に書いた。それに加筆したものがある同人誌に収録されている。あの本が出てもうすぐ半年になる。書いた時は、デザインした時は、あの段階での答えだなと思っていた。そんなことはなく(隣の研究室の後輩たちが言わんとすることとはたぶん違うのだけれど)私が私の優しさだと思っていることは実は、儚さだったのかもしれない。愚かで、なにも見えていない、という由来らしい。人に夢を見るということ。
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2026年2月14日
LUSHのシェービングクリームがおすすめです、と後輩に言われて(ちょうどシェービングフォームが切れたので)試してみようと買いにいく。
家を出ると小雨で、まあこれくらいならいいかと傘を刺さずに歩いた。
道中、福岡の特産品フェアみたいなものが広場で行われており、ステージではインストバンドが松田聖子の「Sweet Memories」を演奏していた。旋律を二胡のような音色が奏でていて、どうやらシンセ(かキーボード?)で弾いているようだった。その音色が「なつかしい痛みだわ」という歌詞になぜだかとても合っているように感じて、それにジャジーなリズムのドラムのさりげなさが心地よく、泣きそうになりながらしばらく聞いていた。MCによると障害者福祉施設の利用者と従業員で結成されたバンドらしい。MCのあと、マツケンサンバのイントロを聞きながらLUSHへと向かう。雨足が強くなってきたので急ぎ足で。
一つ目の信号でジャグリングサークルに遭遇した、三つの目の信号を過ぎた歩道で、また路上ライブに遭遇した。20代前半と思しき若者が、雨に打たれながら中島みゆきの「糸」を唄っている。すぐ離れたところに商業施設の屋根があって、けっこうな観客がそこから見ていた。一人だけ、車椅子に乗った初老の男性が、若者の歌をすぐそばで雨に打たれながら聞いていた。左手には二本のドラムスティックを持ちながら身を揺らしていて、たまに車椅子にぶつかる音が、リズムを刻んでいるんだからいないんだかわからない。それを屋根の下から見ながらまた泣きそうになっていた。ワタシの感受性は馬鹿になっとるんやろな今日は、と思いながら車椅子の男性を改めて見ると、右手にポスターだか紙袋だかを持っていて、日本人ファースト、と書かれていた。
PARCOのなかのLUSHではシェービングコーナーが見当たらず、天神地下街のLUSHへ。動物実験反対、のイメージが強かったのだけれど、なるほど店に入るとオーガニック前面に押し出されていた。かといってそうとは思えないパキッたカラフルなバスボムたちにどういうことなんだと困惑する。無事シェービングクリームを見つけレジに持っていく。レジ横の黒い壁に、LUSHの信念?が書かれていて、会計のあいだそれを読んでいた。
私たちは、キャンドルを灯しながらお風呂でくつろぎ、シャワーを誰かと一緒に浴びたり、マッサージをしたり、心地よい香りで世界をいっぱいにすることと同時に、たとえ失敗して全てを失ったとしても、再びやり直す権利があると信じています。
前半に、は?(特にシャワーを一緒に浴びたり、に対して。そんなことある? いやあるか)と思いつつ、後半の「たとえ失敗して全てを失ったとしても、再びやり直す権利があると信じています」を読んでまた泣きそうになってしまった。疲れているんだと思う。店をあとにしながらウィンドウを見ると、陳列されたボディスプレーが目に飛び込んできた。よくみるとSEX BOMBという名前だった。
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2026年2月13日
疲れすぎて一日中寝ていた、みたいなことをある哲学者がよくTwitterで呟いていて、そんなことがあるのかと思っていたけれど、それが今日よくわかった。
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2026年2月12日
ほとんど徹夜で後輩(留学生)の参加するゼミに参加。指導教官が日本語まじりの英語でいつも喋るのだけれど、いつにも増して日本語の割合が多かった。あとでフォローしといてね、と言われ、働かない頭で要約を伝えた。だいぶ英語を喋るのにも慣れてきたけれど、ぜんぶ現在形で、三単現のsのない、彼女にだけ特別通じる英語である。よくないなと思って、昼ごはんに食堂へ向かう途中、彼女の言ったShe like~、に、likes、と「クス」を強めに発音して返す。いつかvの発音を教えてくれたことのお返しである。誰のために正しい発音で、正しい文法で喋らないといけないんでしょうね、などと思わなくもないけれど。
今日が学部生、修士の学生の論文の提出日。案の定、最終バスまでには間に合わず、朝まで後輩たちと同期(もまた博論の修正をしている)の作業に付き合った。といっても私も論文を書きつつ、あちこちで起こるWordの不具合にたまに対応する、ぐらいである。こうならないようにWordの使い方のレクチャーをしたのだけれど、そんなことは関係なく、想定外の不具合がこういうぎりぎりには起こるものである。オフにされている編集記号を全部オンにして原因を突き止める。論文の中身がどうこうというより、Word(ひいては道具)に振り回されるんじゃなくて、使いこなさないといけないんだよ、ということが少しでも伝わってくれたらいいなと思う。コンヴィヴィアリティっていうのは道具に所与ではなくたって、自分で付け足せるんだよ、ということをイリイチは言ってたっけか。
なんとか今日が締め切りの全員は提出を終えて、バスでの帰り際、後輩にあと一ヶ月「最終校の提出までがんばります」と言われて「頑張りましょう」と返すと、「もう大丈夫なんで」と言われた(正確な文言は覚えてないけどたぶん)。それが申し訳なさからくるのか、いい加減うざってえなしつけえんだよ、という意味なのか、二日徹夜した頭では判断がつかなかった。あなたも俺も全然大丈夫じゃないんだよ、と思いながら眠りについた。