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2025年9月16日
ジョン・バージャーという批評家の晩年を追ったドキュメンタリー映画を見た。入場するとき、この感じだとお客さん一人です、ゆったりしてください、と言われる。そのままだれも来なかったので、慣れない革靴と靴下を脱いで靴擦れに絆創膏を貼るなど、ゆったりさせてもらった。
バージャーが暮らす農村にいろんな人がやってきて話をするのだけれど、所々会話が通じていないか、すれ違っているように感じられて、そのこと自体も含めてバージャーは笑って頷いているように見えた。
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2025年9月15日
けっこう早めに眠りについたものの、やはりというか疲れが残っていて昼に起きる。スーツのパンツだけ持ってきていて、まあこれで数日だし乗り切るかと思っていたけれど、ピチッとした感じがやっぱり嫌で、なにかいいものがないかと宿の近くの古着屋へ。店員に勧めてもらったスラックスを買った。
わざわざ式に向けてスーツを新調せず、こんな風に古着屋で好きなジャケットとスラックスを買えばよかったのではと思いつつ、とはいえ昨日の参列者を見ていてダボっとした感じの人はいなかったので、浮きはするなと思った。来月、参列する結婚式はダボっとしていてももしかしたらいけそうな感じがある。どうしよう。最近浮き足だっているので、グラウンディングしといたほうがいいのかもしれない。すぴすぴ。
妹との待ち合わせの時間までギリギリで、関内?をレンタルチャリを爆走した。自転車屋で働いている妹の友人の顔が印刷されたTシャツを着ていたので、心なしか足が軽かったし、追い風が吹いていた気がする。何とか間に合って、ケバブ屋へ。エジプトラムシチューとのあいがけと、ダイエットドクターペッパーを珍しいものがあるなと頼んだ。ほろほろしていた。やはり関東にきたらケバブに限る。
友人と合流し、佐藤雅彦展をみて、近くのスペイン料理屋で夜ご飯。たまさか、昨日の結婚式の二次会と同じ商業施設内のレストランだった。たまさか、ってどこの方言なんだろうか。偶然、に、まさか、が入ってて便利だ。
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2025年9月14日
学部生の時の友人の結婚式に参列するために横浜へ。挙式から笑いに包まれていて、それがその友人の人柄を表しているようで、とてもよい式だった。
二次会で、誰それの失礼なイキりにイラっとして水を刺されたような気分になった。まあ気にしない人は気にしないレベルのことなんかもしれん。僕が笑えば解決することばかりさ、という歌詞を前も引いた気がする。少しは笑えるようになってきたと一応は思うし、とはいえ笑えないことはある。
私がいつかそういう式をあげることがあれば、そういう思いをする人が産まれないようにしたい。取らぬ狸の皮算用の寛容の部分。
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2025年9月13日
この数年間で何も進んでないこととそれはそれとして積み重ねてきたことの間を何往復も行ったり来たりして確認するような日だった。
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2025年9月12日
指導教官たちとの打ち合わせの日。天候不良などのせいでオンラインとのハイブリッドになったりといろいろトラブルがありつつも、一応は無事に終わった。お疲れ様、と、図書館に本を借りに寄った。ソンタグの写真論を手に取ってページをめくると、ブックデザイン(という表記だった)が平野甲賀だった。加藤典洋の『敗戦後論』などに代表される、あのダイナミックな文字の印象が強かったのが、こういうシンプル目なのもあるんだと意外だった。
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2025年9月11日
友人がしばらく泊りにくるため、ここ数日スライドづくりに集中していて悲惨な状態になっていた部屋を慌てて片付ける。ソファの上の取り込んだままそこに放置していた洗濯物の塊を解体する。毎回締め切りが迫るとこんな風になっていて、どうしたらいいんだろう。



