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2025年12月21日

帰国の日。ハノイの空港でトランジット。トランジットの客とたんに入国してきた客の合流地点が同じで、保安検査場まで大混雑が起きていた。私含めトランジットの客がエスカレーターに乗ってあがった先がその合流地点で、エスカレーターの降り場が詰まりそうになっていた。私が降りた後、混雑具合がさらに増していって、下手したらドミノ倒しが起きるぞと冷や冷やしながら後ろを振り返っていた。とはいえ別段空港のスタッフがそこを見ているわけではない。日常茶飯事なんだろう、まあ大丈夫か、と思ったのは正常化バイアスだろうか。行列を進んでいくと、行列を仕切るパーテーションのベルトの下に大きなボストンバッグが置かれていた。列を進み折り返すと同じところを通ることになるので、いったん置いてまた来たら次の列にずらして、を繰り返していくという寸法なのだろう。私も収集してきたかなりの量の書類をバックパックに詰めていて大変重たく真似しようと思ったが勇気が出なかった。

一時間ぐらいかかってようやく保安検査場を通過した。明日は朝から大学のゼミでしかも私は発表しなければならない。日本時間の4時の出発で、通り過ぎたのが1時頃。二時間ぐらいは作業できるなと思いコンセントを探す。Windowsのノートパソコンを持ってきていて、これがすぐ充電が切れる、というか電池が少なくなると挙動が極端に遅くなる。Macbook Airにしておけばよかった、と思うもまあ仕方がない。何度かの接戦に負けつつもようやくコンセントがすぐ横にあるカフェのテーブルにありつけた。あとは明日、大学へ行くバスのなかでいけるだろう、というところまでなんとか仕上げて搭乗口へ。夏休みの最後の日に宿題をやるのが一番効率がいいと思っている節があって、こういう日程を組んでしまう。2026年はそういう調子の乗り方を改めていくべきだろう。
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2025年12月20日
移動日。首都に戻る。空港まで迎えにきてくれた後輩の夫と三人で、すこし遅めの昼ご飯にピザを食べる。店主と後輩の夫が知り合いだったようで、店主がテーブルまで挨拶にやってきた。前菜のサラダがやってきても、窯から焼きあがったピザがやってきても店主の話が終わらない。サラダはまだしもピザは温かいうちに食べたいなと思い、ピザカッターではなくキッチンバサミでピザを切り、恐る恐る手を付けた。サービス業って何なんだろなと思うことばかりだ。ピザの焼き方が輸入されたとて接客の方法まで輸入されるというわけではないのだ。なんて言いながらイタリアの接客がどんなものかは知らないけれど。日本の宅配ピザを作るアルバイトはいわゆるバイトテロで炎上しているし、何を言えた立場でもないな、なんてことを考えながら食べた。ピザもサラダもとても美味しかった。

後輩は自宅に帰って、私はホテルに泊まる。ちょっとは運動せねばとホテルの周りを散歩する。街角に止まっているトゥクトゥクのドライバーとすれ違うたびに声をかけられる。去年までは「Tuk tuk?」と乗らないか?という意味で声をかけられていた。今回は違って「Lady?」だった。女を買わないか?ということだろう。無視して過ぎ去る。それが何度か続いて今度は「Happa?」と声をかけられた。葉っぱ、つまり、大麻はどうだい?ということだろう。そんな日本語のスラングまで浸透しているのか。

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2025年12月19日
調査としては最後の日。
レストランや食堂の壁によく家族写真が貼られている。貼られているどころか、店長と思しき方の結婚式のかなりの大きさ(ある時は肖像画かなというぐらいの)の写真が額装されて飾られていることも少なくない。あるいはレジャーシートに似た素材の大きなシートに家族旅行の写真が印刷されていることもあった。町にはいくつか印刷屋があって、そういったことに対応しているんだろう。日本ではなかなか見かけない文化なので面白いなと思いながら毎回眺めている。

午前中の調査では半屋外の部屋?に通された。壁と窓はないが柱と屋根はある。簡易的なベッドと長机が置かれていて、農作業の合間にここで休憩したり、みんなでご飯を食べたりするんだろう。近所の人が世間話をしにきた時も(私たちのように)ここで過ごすんだろう。そういえばインタビューに伺う際にノックをしたことがない。だいたい昼間はこういう場所で過ごしているから、すぐに声をかけることができるのだ。なんというか村と家をこの場所が繋いでいるような気がする。日本の縁側って似たところがあったりするのだろうか。
さておきこの部屋?の壁にも縦長のビニールシートが貼られていた。話を伺った女性の写真と彼女が自身の農業について語った文章(ところどころスペルが間違っている)が印刷されている。おそらく国際支援機関か役所の職員が話を聞いて書き起こしまとめたものなのだろう。そのビニールシートの下には不発弾がいくつか飾られていた。基本的には後輩がインタビューを行って、最後に私がいくつか質問する。とはいえ、大抵のことは後輩が聞いているので、私はgeneral(と後輩に伝える際に前置きする)な質問をすることが多い。部屋や庭に置かれたものがその手がかりになることも多く、今回はまずこの不発弾はどこからもってきたんですか?と聞いてもらった。祖父母の家から持ってきたとのこと。鶏の餌入れ(クラスター爆弾の外殻は縦長くちょうどいいんだろう)に使われていたが、盗まれる可能性があるので持ってきたとのこと。


この地域はベトナム戦争の際にアメリカからの爆撃(当時は明かされておらず秘密戦争と呼ばれている)を受けており、今なお多くの不発弾が埋まっている。こうした不発弾はレストランの飾りとして使われることが多々あって、それを見かけるたびになんとも言えない心情になる。どうして飾ってるんですか?と何度か聞いたことがある。質問自体が不思議がられるような感じがあって、毎回、どういう風に聞くのがいいのか戸惑っている。多い回答が、忘れないため、だ。悲劇を?と考えるのだが、今日話を聞いた方は、悲しいという気持ちはないんだ、と言っていた。今年の初めに訪れた別の地域のカフェにはクラスター爆弾が飾られていて、そこにはアメリカのカートゥーンのキャラクターが描かれていた。忘れないため、だけではないんだと思う。どういうことなんだろう。


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2025年12月18日

後輩の友人の親戚の家で晩御飯。私は遠慮すると言ったが日本人に会いたいらしい。左様ですか…という微妙な気持ちになるが、一昨日介抱してもらったのでついていくことにした。どの家にも200mlぐらいのペットボトルに入った水が大量に常備されていて、インタビューをする際やご飯をご馳走になる際に渡してくれる。なので水を飲んでお腹を壊すという心配はしたことがない。
今回もそうでTigerheadというブランドのものだった。モンドセレクションを受賞しているらしい。どこにでも現れるな、と思いながらのどが渇いていたので半分ぐらい飲み干す。とにかくこういう場では酒を飲ませられる。一昨日のことがあったのではじめは断っていたが、もうすでに酔っぱらっている世帯主らしいおっ母さんが不機嫌な顔をする。仕方がないのでいったん口に含む。水を飲むふりをしてボトルにお酒を戻す。キャバクラ嬢がこれ以上飲みたくないときおしぼりに吸い込ませると聞いたことがあって、その応用である。
家にまあまあなサイズのギターアンプやスピーカーが置いてあるのをよく見かける。この家もそうで、会が盛り上がってくると、それにBluetoothでスマホと有線でマイクをつなぎ、Youtubeに落ちているカラオケ音源でカラオケ大会が始まった。レストランなんかでも何度か見た光景である。カラオケタイムが終わるとダンスタイムだ。同じくYoutubeに落ちているDJミックスが爆音で再生され、即席のクラブが出来上がる。いったいこれはなんというジャンルなんだろうと思いながらスイカの種をひたすら食べた。
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2025年12月17日
昨日吐けるだけ吐いたのに、まだレストランで食べた竹虫の味が口のなかに残っている。なぜだ。

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2025年12月16日

晩御飯に入ったレストランで調子に乗ってお酒を飲みすぎてしまい人生で初めて吐いた。恥ずかしい限りである。これまでずっと介抱する側で、彼らに一度は介抱される側に回ったほうがいいよ、なんならお礼に介抱するから一度自分の限界を知ってくれと言われていた。まさかこんなタイミングで知ることになるとは。レストランのトイレは和式で、水を流すためのレバーもなく、大きな水槽にためられた水を桶ですくって流すスタイル。水を注ぐたびに薄くなっていく吐しゃ物を見ながら、一回で流れてほしいなと思うなど。