• 2025年3月3日

    知らぬ間にVポイントというポイントが結構貯まっていて、家電量販店でStream Deckを購入。3×15の小さな液晶が内包されたボタンに、任意のアプリのショートカットを割り振ることができる。例えば、アプリの起動だけではなく、いくつかの連なる動作も一つのものとして登録することができる。同時にいろんなジャンルのアプリを起動しているという状態がちょくちょくあり、頭のなかもてんやわんやなのに加えて、PCにも悪いような気がしていた。ひとまとまりのアプリのを一つの動作で起動/終了させることができれば少しはマシになるかもしれん、というわけである。

    ふだん研究やデザインを行う際は3つの画面で作業していて、あるアプリはこの画面に、というのを特に定めておらず、流動的に配置していた。毎回始業時に、最低三回はアプリを開いてこの画面に配置して、ということをやっていた。こんなことでと自分でも思うが、こういった細かい作業がネックで、PCに向かう足が重たくなる日もある。ある作業を始めるまでの導線を少しでも楽なものにしたいとかねがね思っていた。

    同じようなことを考えた先人がたくさんいるだろうと思って特に調べることもなくかってしまったのだけれど、思いのほか見当たらず、見つかってもWindowsのものだらけでうーむと思いつつ悪戦苦闘していると、気がつけば遅い時間になっていた。無理矢理にではあるがなんとかすることはできたのでひとまずこれでよしと重い次の日の準備を少しして寝る。

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  • 2025年3月2日

    調査データの整理に手をつけ始め、論文を書き始めければ書き始めなければと思っていたけれど、宿題を始める前に部屋を片付けるように、目につく積んでいた本、数十冊に一通り目を通す。そんなここ数日だった。ずっとモニターの横に置いていた本を案外読んでいなかったりする。とはいえ、何らかの関心があって買った本であるわけで、偶然か必然かそれぞれが有機的につながってくる感じがあって、ようやく書き始めることができそうだという気分になってきた。

    とりかかりとして、あらかじめ作っていたIn designで投稿予定の学会誌を見ながらそっくりなフォーマットをいじる。フォーマット上で、いくつかの論文を参考にしつつ各章の文字数を設定。各章をレイヤーに分けると、各段落にごとにフレームグリッドの色を変えられる。各章ごとに色の違う原稿用紙があるイメージ。それを目安にしてUlyssesでプロジェクトをつくり、各章の仮タイトルとともに目標文字数を設定。あとはドラフトとして一気呵成にUlyseesに書き込んでいく、そんな感じでやってみようと思う。

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  • 2025年3月1日

    春の陽気春の陽気のウキウキの部分。

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  • 2025年2月28日

    首をひどく寝違えて一日中動くのが辛い日だった。運動を始めようと思ったら、、みたいなことがよくある。ここでめげないことが大事だ。同人誌の作業が終わったことで頭の中に余白ができたのか、今日は集中して色んな文献を読むことができ、気がついたら朝の6時近くだった。なんというか、大小関わらず先に予定が入っているということに対して、脳内にキャッシュが溜まっているようなイメージがある。あらゆる予定を今日空いてますかぐらいの感じで入れて暮らしていきたいものだが、まあ無理な話である。とはいえ、忙しそうにしてる/吹聴している人って声かけにくいしねえ(この日記もそうだろうと言われると返す言葉がありません)。となると忙しいことを隠すことになるわけだが、にも関わらず暇そうだと思われるのは癪に障る。暇なくせに忙しそうにしやがってと思われていることもあり癪に障るどころではない。たんに暇になればいいのだけれどいつになるのやら。

    ずっと読まねばと思っていた戦後間もない頃の農業経済学の文献をobsidianでノートを取りながら読んだ。だいぶ使い方に慣れてきた。まだその時期は影響力のあったマル経がベースになっている論文で、途中まではふむふむと読みつつも、最終的には農業に資本主義が浸透していくにつれ労働運動に参加する「市民」が生まれました、そのための根本的な条件とは?的な結論で、面食らってしまった。経済の話をずっとしていて、最後にあるべき人間像みたいなもので終わられてもなあと思うわけだが、そういう時代だったのかしら。マル経系の文献を読んでいるとそういうことがけっこうある。ここでいうところの「市民」と「大衆」(あるいは知識人やインテリなども?)の関係をちゃんと整理しないとなんだろうな。なんてことをしていると専門から外れるわけである(たまに人に指摘されて、それは私の気質のせいかなと思っていたが、マル経を学ぶ宿命/からの要請では?とさいきんは思っている)が、例えば専門バカのことをオルテガは「大衆」と呼んでいた。

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  • 2025年2月27日

    運動せねばとなかやまきんに君のHIITトレーニング動画を見ながらやってみた。途中で息が上がり二種目を残してバテた。けっこうジャンプするのだけれど、日常生活で跳ぶことってまあないよな。いつかアイドルのライブにいったとき、気をつけの姿勢で勢いよく真上に繰り返し跳んでる人をみて怖いと感じた。ロックバンドのライブで手を挙げて前後させるあの動きも苦手だ。自由に踊ってみてよ、いうミュージシャンもいるが、自由に踊りたくなるような曲を演ってますか?とは思う。さておき、人の機械的な反復運動をみるのがなんだか不気味で苦手だ。

    YouTubeのショートやTikTokでたんに人を惹きつけるために?ゲームのNPCのような動きをする若者を見るとひえっとなる。と思って調べてみたけど見当たらない。いっとき毎日のように見かけたのに。服を紹介する系の動画で、その導入の際ピンマイクを持ってしゃべるのだけれど、そんな揺れんでもいいやんというぐらい上下に揺れながら話していて、みるたびに腹を立てていた。ルームランナーの上を歩きながら服を紹介している若者を見つけることはできた。服がスムーズに切り替わるように編集されていて、ゲームの着せ替え画面みたいだ。

    しかしまあ一体なにに不気味さだったり嫌な感じを抱いているのだろうか。演る側が機械的に動いて/動かされて(誰に?)いるのに違和感があるというのがまず一つ。加えて、馬鹿にするなよというか、見る側の人間の本能みたいなものを利用しやがってみたいな気持ちもある。別に動画を作っている人にそんな魂胆はないんだろうけれど、そういう型が自然発生的に生まれているようなのも怖い。阿波踊りはずっと見ていられるんだよな。その差とは。

    なんてことを考えながら久しぶりにプロテインを飲んで風呂に入り、今日に回した同人誌デザインの最終作業。ゲラへの修正の反映の再確認がメインである。気をつけていたつもりが、やはりというか結構ミスが見つかって、これはどうしたら防げるのだろうか。自分への信用がなくなってしまったので、チェックリストを作り、各執筆者に対して最低3回は見直した。どうか新たなミスが見つかりませんように。思いのほか時間がかかったが、ひとまずは終わったので、お疲れ様ということで一杯だけ軽く飲みに居酒屋へ。人生で初めて1人で居酒屋に入った気がする。こういうなにもしなくていいゆったりとした自分の時間を増やしていきたい。

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  • 2025年2月26日

    そんなに焦りはしないが必要な事務連絡のための電話がここ数日毎日かけてもつながらず、あれれと思ったら電話番号を間違っていた。改めてかけ直すもつながらず、が結局三度。今度はたしかに合っている。また明日かけなければ。作業をしようと近くの喫茶店へと出かけると休みだった。そういう日かと別の喫茶店へ少し歩く。いつもカフェラテばかり飲んでいたけれど、最近はアイスコーヒーを飲むようにしている。ダッチコーヒーとも書かれていてなんとことやらと調べてみると水出しという意とのこと。コールドブリューと一緒らしい。オランダがルーツなのかしらとさらに調べてみると、インドネシアでオランダ人がそれようの器具を作ったためそう呼ばれているとのこと。技法自体は古くからインドネシアにあったらしい。そういえばコピルアクもインドネシアだったなと思うなど。

    ひとつ作業を終わらせて帰宅。好転反応か体調があまり優れなかったので集中力を要する作業は明日に回して、obsidianというノートアプリと格闘していた。workflowyとnotionの間っぽいなのはじめは思ったが、そのどちらとも異なる。読書メモをworkflowyで取っていたのだけれど、奥に奥に階層が進んでいく感覚があってそれがなぜかネックだった。notionはブラウザベースなのがなんだか気に入らない。obsidianを今日一日いじってみて、一応、すべてのノートがフラットに位置づけられている感覚があり、とりあえずしばらく使ってみようと思っている。

    読書メモを取ってみる試しにマルクスについての本を読んでいると、サイードが『オリエンタリズム』でマルクスを批判していたという記述があり、やっぱりそうかという発見があった。間接的ではあるが並べられているような文献をいくつか読んでいて、どうも食い合わせが悪そうだが如何に、と思っていた。西洋あるいはプロレタリア以外は遅れている的なことをマルクス•エンゲルスは言っておりそれはどうなの的なことで、どこかで見た光景だなと思うなど。案外、こういうなにかのついでに読むみたいな時の方が思いがけずいい発見があったりする。概念としては知っていたけれど『オリエンタリズム』自体は読んでいないので、読まんといかんと思いつつ、これ以上読む本を増やすのもうーむと悩ましい。とはいえ、ひとまずはこの範囲を読めばいいだろうという目星はついてきていて、あとは粛々と読んでいくだけである。

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